最近あったママ友に洗脳されて5歳の息子さんを餓死させてしまった事件。
お金も搾取していたとあって、本当に信じられないのだけど、
それが2人とも創価学会だと知って、血の気が引いた。
理解できない理屈がまかり通る宗教の怖さ、その不思議な感覚を客観的にわかるから。
私は創価学会員の両親のもとに生まれた。
物心ついた時には仏壇の前に毎日正座させられて、お経を唱える。唱えないと、悪いことが起こる的な話を毎日聞かされた。
困りごとや悩みがあると、お題目が足りないというバカの一つ覚えのような教えで育った。
親が好きとか嫌いとかそんな感情はなく、いや、好きだったのかな。でも、心の奥底で学会活動への反発心があったけど、絶対に口には出せない、それを言うと親に見捨てられると思っていた。
だから、親が喜ぶようにお題目をあげた。
私の意思はなかった。それが正しい、間違ってるかなんて判断できる歳ではなかった。
1番はじめに困ったことは、好きな人ができたとき。
親からいつも、同じ学会の人と結婚するように言われていたので、辛かった。結婚はしないにしても、自分の素性を知られたくなかった。
そして、友達にも知られたくなかった。
時々学会の話が出て、バカにしたりするのが聴こえてきた。その場の話にあわせた。
母親は熱心なタイプで、まだ幼稚園の私と幼稚園にも通ってない弟を家において、夜、学会活動に出かけたりした。
イタズラ電話がかかってきたりして、本当に怖かった。
選挙運動で県外に行ったりもしていた。
大阪かどこかに行ったあと、脳内出血で倒れ、帰らぬ人となった。
入院中も、父親にお題目をあげれば母は助かると教えられ、頑張ってあげた。時々眠くなって疲れてしまったときがあった。
母が死んじゃった時、私のせいだと思った。
私のお題目が足りなかったからだ。眠くなったりしたからだ、と。
父は逆にそこまで私と弟に強要はしなかったけど、学会活動は熱心だった。一方で酒に溺れ、ズタズタになっているのも何回も見た。
私達家族は、学会に入ってるのになんでこんなに不幸になるのかと思った。
なんか、その疑問をぶつけたら、前世の悪いところが今出てるから宿命転換をするんだよ、と教わった。
今考えるとなぜそんなことがわかるのか。
不思議なのはこうやって冷静に、おかしな宗教だと思ってる私と、どこかでまともな宗教だと信じてる自分がいることだ。
実の両親が熱心に信仰してたものを、どこか否定できない自分がいる。客観的な自分と、洗脳されてる自分がいるんだと思う。
どちらも早く死んでしまったけど、2人が死ぬまで信仰していた宗教だから、そこは尊重してあげたくて、家に仏壇をおいた。せめて、遠い空から安心して見守ってくれるかもという気持ち。
でも、自分はもう信仰できない。
今の母親にも同じ教えを受けたけど、どうしてもダメだった。
ある意味、私、すごくない?
普通、洗脳されたままになると思うの。
だけど、私は自分の意思を持ちたいというエネルギーの方が強かった。
今、自由に意思を持てることって、なんと幸せなことだろうか。
誰にでも生きづらさはある。
昔の人は特に、病気も多かったし、お金もなかったし、恨みや妬みも多かったことだろう。
その中で宗教を信仰するって自然なことだし、それこそ自由でいいと思う。
ただ、その苦しい生きづらさをかかえた日本人が、学会のルールを作ったことで、何か未来への道は大きく曲がってしまった気がする。
教えの中に負の感情が沢山ありすぎた。例えば、違う宗教を邪宗と呼び、会合では幹部の人が徹底的にたたいた。子供心に、そこまで言う必要がなぜあるのかわからなかったし、聞くに耐えなかった。
クリスマスもサンタさんも無し、遠足で行った神社もお賽銭を入れたりできなかった。悲しい思い出しかない。
なんで自分だけ違うのか、わからなかった。
贅沢はいらないから、普通がよかった。
誰にも答えを教えてもらえない、それをずっと押し殺しながら生きなきゃいけない、本音が言えない家族の中にいて、孤独、だった。
宗教って1度信仰してしまうと、どんな身内から言われても抜け出せない強さを目の当たりにしていたので、今回の事件で、それこそ内容は酷すぎるんだけど、理解し難いルールがまかり通る怖さというのを、今、学会員の人もわかってほしい。
皆、自分の意志をもっていいんだよ。
で、今のこの話、旦那には理解されないんだよね。
話してないし、話そうとも思わない。
向こうが理解しようとしないのがわかる。
だから、2人の子供のうちどちらかでももし、わたしの話に耳を傾けてくれるのなら、話しておきたい。
お母さんはこういう意志をもってる。
あなたたちは自分で自由に意志をもって、自由に生きてと言いたい。
とにかくこのような事件が二度と起きませんように。